★まちの歴史と魅力を解き明かす~『ちいさな町の物語』:塩見 寛

ちいさな町の物語
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『ちいさな町の物語 ~秘められた歴史を歩く~』
このタイトルが好きである。
著者の塩見寛さんと電本があらかた完成した時点で、考えた。あれこれひねっては書き出し、消し、そしてまた書きつけた。最後は「小さな」を「ちいさな」に変え、ようやく塩見さんは納得した。短いが著者の思いがこもったタイトルになった。

 

原稿は静岡県建築士会の機関紙『建築静岡』に2月に1度掲載された記事が元になっている。だから本来、硬い。
硬い話なのだが、テーマもそれぞれ各「まち」の現状と、今に至る歴史を少々ひも解いているものだから、硬いといえば硬いはずなのに、塩見さんが書くと独特のやわらかさに包まれ、よどみなく読めてしまう。
論考というよりは紀行文である。さらりと流しているようで、いつもそこには”塩見流批評のまなざし”があって、いつの間にか説得されている。

 

■「電本館」の処女電本になった!

塩見さん、実は「電本館」の最初のお客さまである。
相棒の松下和弘くんがいつものおでん屋(静岡市・青葉横丁)で隣り合わせ、「電本をやっているんですよ」「ほう、それは興味深い」ということで、早速ちょうだいしてきたのがA4サイズの小冊子だった。連載された記事を綴じたもの。きっちり1話4ページ、横組み、上下に写真数枚があり、それを挟むように塩見さんの原稿が2段に組み込まれていた。

 

「電本にできますか?」
中身を読ませてもらい「これはおもしろいですね。ぜひつくらせてください」とお預かりした。
わけなく本にできると思ったわけではない。お断りしておくが、「電本館」でつくる電本は紙の本をつくるのとまったく同じ手作業をする。つまり1ページ1ページ写真や見出しをレイアウトして、原稿を流し込む。だから塩見さんの場合、まず元の記事のデータを探してもらうことから始めた。そして写真。10年前のこととて、すべてを集め直すには苦労をされたらしい。

 

原稿も、データが見つかればそれでOKというわけではない。元の原稿と雑誌に掲載された原稿では「まったく同じ」ではない、必ず著者が手を入れるし、編集者の直しも入る。だから今回はその辺のチェックもしなければならなかった。原稿をいただいてから編集者として手を入れるわけだが、塩見さん独特の言い回しが気になって校閲しようとすると(こちらの非力のためだが)文体が崩れてしまう。結局、私は介在しないことにした。執筆当時と現在との差がある場合に微調整すべき個所だけを指摘し、直していただくにとどめた。

 

手早く処理できるつもりでいたのは私の傲慢だった。新聞社時代につちかったのは「編集者の目」ではあったが、本編集の腕ではなかった。3年前、私には書籍の編集ソフトを扱うノウハウがなく、やむなく使い慣れた「WORD」で編集したのだった。その後、編集ソフトの定番、Adbe社のIndesignを習い覚えたのだが、この本には間に合っていない。そのためいかにも素人くさい本になってしまった。しかしそれゆえにこそこちらの青白い執念の炎もめらめらしており、全221ページの細部まで記憶に残ることになった。

 

■「鞆の浦」現実と景観のはざまで

さて、塩見さんが紹介したのは23の「ちいさな町」である。
冒頭に広島県・鞆の浦(とものうら)がある。架橋問題で揺れた町だ。結局裁判で架橋反対派勝訴の判決が出、江戸期から続いた港湾都市のたたずまいは当面、守られることになった。
塩見さんが鞆町を訪れたのは2002年9月、「町並みは懐かしさが漂っていた」。当時の鞆港周辺ではサヨリの立ち売りがあったり、アナゴを道端で焼き売りする人、四辻ではおばあさんが魚屋さんを開いていたり・・・・かつてのまちやムラがもっていた人間臭い風景が普通に見られた。

 

手漕ぎボートから見る鞆港と常夜灯

手漕ぎボートから見る鞆港と常夜灯

 

塩見流眼力はこうした風景を評価しつつも、そこに住む生活者を忘れないところにある。
例えば、家並が小気味よいスケールで続く街路を歩いていた時のこと、車が通ると2台がすれ違うにはどちらかが譲らなければならないところが多いことに気づき、「運転手にとっては不便さを否めないだろう」と書く。架橋問題の根源も、生活者として便利さを求める地元の住民と、それでもなお文化的な景観は貴重であると異を唱える人々とのせめぎあいにある。交わらない主張だ。

 

鞆の浦の四辻

鞆町の四辻ではおばあさんが「魚屋」を広げていた

 

塩見さんはどちらの側に立つのだろう。心情的には生活者、建築家・学究としては「景観を守れ」という側。本来交わらない主張に塩見流は”接点はあるはずだ”という感覚を持ち続けているように見える。
そして、行政の力を侮らない。地元の”権力”は大きな力を持っている。しかしややもすると(地元に根を下ろしているにもかかわらず)一部の強力者に迎合し、「経済一辺倒」に陥る愚も犯す。まちづくりの成否、まちを活かすも殺すも為政者とそれを取り巻くブレーンたちの能力に負うことを熟知している。

 

まちづくりは住民たちの”敗北”の歴史だ。ごくまれに成功例が現れる。例外なく「成功」は一部の頑固な、非妥協的で信念を曲げない者の熱情と、それを理解する一部の行政者の存在、そして「時代との合致」のたまものである。どうやら塩見さんはそのことを知っているようだ。だから行政に対しては基本「反骨」でありながら、やわらかな提案の言葉も忘れない。

 

■キュートで誇らしげな町

塩見さんが選んだまちは23。
鞆の浦(広島県)をはじめとして、▼飫肥(おび・宮崎県)▼五個荘(ごかしょう・滋賀県)▼黒石(青森県)▼丹波篠山(たんばささやま・兵庫県)▼筑波(茨城県)▼四間道(しけみち・名古屋市)▼甘楽(かんら・群馬県)▼大洲(愛媛県)▼御所(ごせ・奈良県)▼井波と城端(いなみ/じょうはな・富山県)▼神楽坂(かぐらざか・東京)▼西条(さいじょう・広島県)▼大聖寺(だいしょうじ・石川県)▼帯広(北海道)▼軍艦島(長崎県)▼岩出山(宮城県)▼美濃(愛知県)▼飛田(とんだ・大阪市)▼西尾(愛知県)▼在原(ありはら・滋賀県)▼八女福島(やめふくしま・福岡県)。

 

それぞれの町はそれぞれに歴史の背景をもって成立している。塩見眼は歴史と「現在」をつなぐ風景や建物、環境を発見していくのだが、そのいちいちの醍醐味を伝えきれない。
私が行ったことのあるまちは神楽坂くらいしかない。しかし他の町たちも、今は私の身近にあるように感じられる。

 

石炭採掘で始まった軍艦島(長崎県)は今でこそ廃墟ブームで注目され、最近は「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産登録もされた。塩見さんは学生時代にここを訪れリアルな写真を残した。が残念なことに、写真を人に貸して戻って来ず、電本への収録をあきらめざるを得なかった。
そんな話を聞くにつけ軍艦島に強くひかれ、「いつか行ってみたいまち」になってしまった。

 

塩見さんが取り上げたまちは、鋭い感性をもった建築家が語るが故に「ユニーク」になる。住んでいる人、通りかかる人にはさして変哲もないただの「まち」であるのに、建築家が語る町はキュートで親しげで、誇らしげでさえある。「まちづくりのお手本」などと気張って読まなくても楽しめる。ひとつひとつにある謎解きめいたストーリーは、読んでいてあきないのである。

 

電本はカラーと白黒を区別しないので、軍艦島を除きすべて写真はカラーである。
今回「電本館のサイト」http://denhonkan.jp を一時休止したので、せっかくの名著が検索できない状態になってしまった。
そのため塩見さんのお許しを得て、電本を別サイトに移し、無料で読めるようにした。

■入手はコチラから↓↓↓

『ちいさな町の物語 ~秘められた歴史を歩く』

http://aml-ebook.com/chiisanamachi/

 

ジャーナリスト石川秀樹電本館あるじ)>

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