★「思い」を即座に本にしてしまう電本、あってもいいと思う・・・・

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昨夜、Facebook友達の田中小茉莉さんがウォールに興味深いことを書いていた。

 

『書籍の頁単位で販売したら
めっちゃ面白いのに、とふと思った。
実現しないかな。』

 

本をページ単位で売る。
紙の本では事実上、不可能だ。
しかし電本ならできる
できるどころか、まさにそれが電子書籍の強み――
 

などと、日ごろ考えていた。
例えば僕は
「電本は仕掛品(しかかりひん)でいいんですよ」と人に説明する。
 

第5章まである本なら、全5章書き上げなければ製本しない。
コストが掛かるから紙の本だとそうなる。
電本は自由自在だ。
(むろん、編集者が柔軟なら、という条件が付く)

 

僕が編集者なら、
著者がいちばん書きたいコアな部分を、一気呵成に書いてもらう。
それを電本にする。
“思い”の部分がもっともおいしいに決まっている
価格を付けて販売する価値がある。
そして読者の反響を待つ。
 

本への思い

思いついたこと、すぐに本にできたらいいのに・・・・

 

批評や意見、感想が得られれば、構想はさらに膨らんでいくかもしれない。
必要なら、あらためて構想を組み立て直す。
構想が固まったら、できた章から電本化するのもいい。
はやる気持ちをおさえて、完成まで時間をかけるのでもいい。
短くても「コア」がすべてだ(すでに著者はそこは完結している)。
ファンからすれば、作者がそれをどう磨き、作品として整えていくか、
何回もそのプロセスをを楽しむことができる。
 

ウォールに漂うニュアンスからすると
小茉莉さんの想像は、僕のと少し違うかもしれない。
「章単位の切り売り」ですらなく、
数ページの断章でも“商品”にする価値がある、と思っているみたいだ。
 

田中小茉莉さんはFacebookを少数の友達にしか公開していない。
冒頭の行で氏名にリンクを張ったけれども、それをたどっても
“小茉莉さんの世界”を見ることはできないだろう。
読める特権者である僕が読んでも、書き込みの繊細さは伝わってくるが、
ほとんどが思いをポツンともらす感じなので、“もっと深い何か”は測りがたい。
 

だからこそ彼女が「頁単位で」といっているのが気になる。
<思いのもっとも濃い部分を、思った瞬間に本にするんだ!
という僕の発想と近いものであればいいな、と思う。
 

今まで多くの人に電本のこの特長を説いてきたけれど、
ピンと来て、「やりたい」という人はいなかった。
僕はそんなに的外れのことを言っているのだろうか……。
 

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