★『記者人生ラストラン』 名物編集局長の”快走(奏)”の日々は止まらない !!

「記者人生ラストラン」
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記者人生ラストラン ~今を生きる~』
できあがった本がようやく届いた。
手に取って新刊のにおいをかぐ。
少しの油のしみたにおいと、紙の、表現しようもないかすかな香り。
このにおいをかぐと私は、かつて輪転機が回る部屋に駆け込んだ日のことを思い出す。
うなりを上げる新聞社の印刷現場は、目には見えない紙粉が舞っているのだろう、もっと強い紙と油のにおいがする。

 

■「家族のために」書いた本

あれから8ヶ月。
グレイの表紙にグレイの帯の240ページの本は、ほどよい厚さだ。
見返しの紙は早稲田カラーのえんじ色。
中扉には著者自身の筆致でこうある。

記者人生ラストラン
  ~今を生きる~
      江畑忠彦

 

表紙と帯のデザインは三男坊、山本哲三郎さんの手になる。
神田の印刷会社で打ち合わせの日、江畑さんの奥さまもご一緒に来らた。
「家族のために書く」とおっしゃっていた本は、とてもよいものになりそうだった。

 

校了間近な頃、本の帯に僭越ながら、こう書かせてもらった。

江畑さん、
全部がかっこよく終わったら、
そんなの人生ではないですよ!

大通信社の元編集局長。
 重圧の日々には「密かに棲む」にあこがれ、
  退職後はとある企業のコンプライアンス委員長。
   私生活は「二人の母」の介護に明け暮れ……。

アルトサックスを握った理由(わけ)とは?!

 

裏表紙側の帯にはこう───

『あの時のこと』がおもしろい!
三和銀行事件でマニラに潜伏の女性容疑者と単独インタビュー。
和田心臓移植はなぜ不起訴だったのか、事実に迫る捜査報告書入手。
リクルート事件では、清廉と言われたNTTのドンの金銭疑惑を暴く。

『記者人生ラストラン』

 

■アルトサックス、古希の挑戦

僕にとっては懐かしい人からの注文だった。
父の病室で電話を取ったので、今年2月の頃だったと思う。
「本の注文をお願いできますか」
メディアの人らしくないシャイで、それでいて重厚で説教者のような口ぶりに、すぐ江畑さんだと分かった。
以前、「本を書きたい。その節には……」と伺ってはいた。
しかし、このタイミングで実際に仕事をいただくとは……。

 

江畑忠彦さんは共同通信社の元編集局長である。
私が地方紙の編集局長だった時分、月に1、2度東京でお会いしていた。
4つほど年かさで、ことし古希を迎える。
65歳でアルトサックスを始め、この11月、銀座で演奏会を開くという。
本はその時に間に合わせたい、とのご希望だった。

 

原稿は最初に半分くらい、残りは書き上げた都度、章単位に届いた。
常々私は、「出版は編集の手が入ってこそ」と言ってきた。
完ぺきに”本になる文章”を書く人はまずいない。
校閲、リライトから、構成そのもののリストラクチャリングまで。
編集には手がかかるのが常で、そこが編集者の腕の見せどころでもある。

 

しかし今回、「編集者」は無用だった。
記者人生ラストラン』の章立てはこのようになっている。

第一章 密かに棲む
第二章 コンプライアンス
第三章 二人の母
第四章 地震とジャズⅠ
第五章 地震とジャズⅡ
第六章 回想「記者稼業」Ⅰ 記者気質・和田心臓移植
第七章 回想「記者稼業」Ⅱ 三和銀行事件・リクルート事件

 

一見、ばらぱらである。
「密かに棲む」は、編集局長時代のことを絡めた身辺雑記。
「コンプライアンス」は政治献金で揺れた西松建設のコンプラ委員長時代の苦闘と江畑さんの信条。
「二人の母」は実母・義母の介護に妻とふたりで奮闘する姿。
「地震とジャズⅠ、Ⅱ」は東北の震災と阪神の震災体験記と、それを契機にサックスに挑戦し始めたこと。
「回想」は現役記者時代のエピソード。三和銀行事件では伊藤素子容疑者(当時)と単独会見し、リクルート事件ではNTT会長(当時)の収賄を暴いた。いずれもトップスクープで、その真相を初めて公にした。

 

■2人の母を介護する元編集局長

編集者なら当然、前半と後半、2つは分けて本にしたいところだ。
「その方が売れる」、後半は書き足して1冊にすれば商業本として売れるだろう……。
当初、私もそう思った。
提案しようと思い、そして迷った。
迷った理由は、一連の文章に感動していたからである。

 

文章のうまさにではない。
文体は簡潔で無駄がなく、かつ余韻があって申し分ない。
しかし「感動」の要因はそれではなく、全体を通じたストーリーである。
私も新聞社の編集局長をしていたから、”重圧”はわかる。
時に投げ出したくなる。吠えたくなるような思いがある。
でも、実際は我慢することが圧倒的に多い。

 

そこから解放されて、江畑さんはさらに火中の栗を拾う。
あの「西松建設」である。世間から集中砲火を浴びた会社。
コンプラ委の委員長だなんて、聞くだけでも鬱陶しそうな任務だ。
そんな状況の中で、共に90歳以上の老母ふたりを同じマンション(別部屋)に引き取り、奥さんが主であるとはいえ、実際に手を出し介護に明け暮れる。

 

江畑さんもかぁ』
感慨を禁じ得ない。
私も数年前から母の介護をし、今年からは脳梗塞になった父を見舞うため施設に通う日々だからだ。
そんな日々の中で江畑さんは、東北の震災に遭遇する。
今度は間接的なかかわりではあったが……。
阪神の時には渦中の人で、取材最前線で指揮を振るっている。
人より感じることは、深い。

 

だからこそなのだろう、いつしか「今まで自分が経験したことのないことに挑戦しよう」という気になった。
江畑さんはゴルフでプロ並みの腕前を持つ。
「定年になったらシニアツアーに出たい」つまり”プロ”になるのだ、と語っていた。
それが、触れたこともない音楽の世界に。

 

■記者の手柄もさることながら今の日々

こうした経緯が書かれた後に、記者時代、遠い昔の”冒険譚”が語られるのである。
編集者なら、「ちょっと待ってください」と言わなければならないところだ。
でも、言えなかった。
感動したわけは、こういう江畑さんだったからである。
後半がなければ、私の感動は半分にとどまっていたと思う。

 

私も記者の端くれである。
江畑さんの取材力のすごさ、結果としての成果には瞠目する。
しかし記者である故に、若ければ、中堅なら、ノリに乗っている時期であるなら(そして幸運に恵まれれば)、スクープがあって当然だとも思う。
もちろん想像も及ばないくらいに努力する人に限っての話であるが。

 

そういう成功譚は世の中にいくつもある。
いくつもある中で、(江畑さんの原稿を後半だけ切り離して本にした場合)出色な本のひとつになったとは思うが、私の感動は今とは別物になっていたと思う。
感動よりは感心、記者の先達としてのリスペクトになっていただろう。

 

それに対し今の、この本の出版にかかわれた誇りと感動は、もっと深い。
人間江畑さんに対する敬意であるのだから。

 

江畑さんでも介護をやる、
江畑さんでも母たちと別れの日が来ることに恐れを感じる、
江畑さんでもポータブルトイレの処理には、ちょっと顔をしかめる。
そういうディテールが文章からさりげなく伝わってくる。

 

諸々のディテールがあって、現実が書かれてこそのこの本なのだ、と思った。
構成を手直ししようなど、一切思わなくなった。

 

記者人生ラストラン』は少部数です。
アマゾンでしか売り出しません。
でも、実にていねいに造った本です。
家族の想いが詰まった本になりました。
そういう本にかかわれて幸せでした。
ありがとうございます。

『記者人生ラストラン ~今を生きる~』(江畑忠彦、1800円+税)

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