★『らくらく遺言』が語るもの、生きて在ったことへの「ありがとう」!

Pocket

 

■「遺言を思い切り身近に!」

原稿は順調に仕上がった。
この本を刊行した目的は「遺言を思い切り身近にする」だ。
公正証書遺言が遺言の標準のように錯覚される今日、
どの本を見ても遺言に厳密な書き方を要求している。
公式文書に照らし正確でなければならないというわけだ。
だからことさら登記所に行って土地家屋台帳を調べたりする。
法律家が陥りがちな錯覚だ。

 

「遺言は判ればいい」というのが著者佐々木氏の大発見である。
所有する家が1軒しかないなら「私の家と土地を――」で十分。
民法は国民を困らせるために正確さを求めたりしない。
遺言者の意思が判然としていればそれを認めようという姿勢。
そこを的確に見抜いた著者のクリーンヒットである。

 

<このことを多くの人に知らせたい!>
佐々木さんと私は夢中になった。
「こんな簡単でいいのか、と反論が起こり大議論になるよ」
「もっけの幸いではないですか」

そうなれば自筆遺言が多くの人の関心を得る。

 

さらに「遺言は家族のいさかいを止める力がある」、
行政書士になって日が浅い私は一途にそうも思った。
だから”よき実用書”としてこの本を売り込みたい、と。
だが著者はもっと先を行っていた。

 

 

■遺言は残される人への思いやり

そのことに気がついたのは、校正のため何度も何度も読み返してからだ。
『ただの実用書じゃない、佐々木さんは”思いやりだ”と言っている』

 

遺言がなければ財産は遺産分割協議によって分けられることになる。
相続人の全員一致を絶対の条件とする”交渉の場”だ。
目の前に財産目録があるから、人は目の色を変え権利を主張する。
欲と面子と故人からの愛情の多寡をめぐって争いが始まる。

 

だから遺言は「”争族”とならないように先手を打つ」のだ、
と私は額面通りに受け取り、そんなものだと思っていた。
しかし佐々木さんはもっと先を見ていた。

 

遺言を書くとき人は自分を振り返り、かつ家族たちのことを思う。
自分の死後を生きていく人たち、だから相続人たちのことを真剣に思う。
各相続人の来し方を見、抱えている問題を感じ取る。
さて、この財産をどう引き継がせれば本人のためになるのか?
気づき、考え抜いて手を打つ、それが遺言の本旨ではないか。

 

ともすれば私のように我が強く強欲な者は、
遺言を最強の”権力”と見てほしいままに決めようとするかもしれない。
相続人が気に入らなければ、全財産を他人や団体に投じてもいい。
そんな意地悪や、意趣返しの感情も混じりそうだ。

 

しかし『らくらく遺言』の行間まで読みこんでからというもの、
そんなばかげた想念は吹き飛んでしまった。

 

■単に金銭譲渡でなく、思いを伝えるなら直筆遺言だ

自分は永久に生きるわけではない。
それなら、縁あって一緒に生きてきた者たちの幸せを望むのみ。
何をどう遺してやればこの人のためになるのか。
そう、<究極の思いやり>だ。
著者が伝えたかったのはこれだったのではないか。

 

こうした思いを伝えるには、直筆遺言が向いている。
遺言はただの財産譲渡証ではないし、遺産仕訳帳とも違う。
単に金銭の話なら、
証人2人を置いて口述筆記させる公正証書遺言がお似合いかもしれない。
でも相手の行く末を思うならやはり自分の言葉で語る遺言だ。
遺言と言えば誰しも、財産譲渡としか考えない。
それは事実ではあるけれど、引き継ぐなら同時に
生きてこの世を去っていく先人の思いにも心を砕くべきだ。
遺言を書く側も、遺される者も忘れてはならない視点だと思う。

 

<遺言は愛する人たちに遺す最期の手紙>

 

だから受け取る側は、遺言者が
生きて在ったことを深く理解しなければならない。
それを理解すれば、いさかいなど起きないだろう。

 

自筆の遺言から聞こえてくるのは、ただただ「ありがとう」。
おこがましいことを言えば、それが著者と私の願いである。

ジャーナリスト石川秀樹電本館あるじ)>

 

 【『らくらく遺言』関連記事】

★遺言書いても不安なら無料添削します! 『らくらく遺言』版元の心意気 

★『らくらく遺言』 遺言を書きたいあなたを助ける1冊!<PR>

★『らくらく遺言』で人生いきいき! 自筆遺言、実はスゴイ!!

★「電本館」で電子書籍を購入する方法

 

Pocket