★ブログやFacebookで“キャラが立つ人”とは何か。「イメージ」はこうして生まれる

キャラが立つ人
Pocket

 

朝ヒゲをそっていて、どういうわけだか突然「キャラ」という言葉が浮かんだ。
「Facebookではキャラクターが大切」と言われる、そのキャラだ。
キャラ(その人のイメージ)は創るものなのか、自然につくられるのか。
そんな疑問が頭の中を回転した。

 

ヒゲそりしながら考えたことだから、大した論評ではない。
以下、気楽にお読みいただきたい。

 

確かにFacebookはキャラ立ちしている方がやりやすい。
戦略的に見てもそれは当然のことだと思うが、問題は
それを意図的にやっているのか、自然にそうなるのかだ。

 

■戦略的にネーミング

まず自分のことを話そうか。
僕は「ジャーナリスト石川秀樹」といつも“接頭語”を付けている。
先日、後輩の新聞記者に会ったら
「よく“ジャーナリスト”なんて名乗りますね」とあきれられた。
たぶん《そういう自己顕示は嫌われますよ》と言いたかったのだろう。

 

気持ちはよくわかる。
記者は肩書だが、「ジャーナリスト」は日本で使われる場合、
そのニュアンスは微妙で、うさん臭さもつきまとう。
しかしだからこそ「この言葉を一本立ちさせたい」という思いがある。
(「記者」は職業、「ジャーナリスト」は志。僕はそう思っている)

 

それとは別に、戦略として使っている面もある。
知名度を上げるための一つの方法として。
ネットで「石川秀樹」と検索すると、実はライバルが多い。
有名な経済学の先生や市議、神楽坂のシェフなど、なかなか強力だ。

 

「ジャーナリスト石川秀樹」を使い始めたころ、
自分の名前は検索のトップページに現れなかった。
今はようやく肩を並べるところまで来た。
味をしめて、最近は「電本館あるじ」も名乗り始めた。

 

当然これは自分の事業をPRするためだ。
(このブログも「電本カリスマ.com」だからね)
おかげでかなり短時日でSEO効果が出てきた。
いま「電本」と打ち込めば「電本館」も「電本館あるじ」も
トップページのかなり目立つ位置に出てくる。
※「電子書籍」という競争率の高い言葉を使わず「電本」にしたのがミソ。

 

って、なんの話だっけ。
そうそう、キャラクターだ。
最近でこそ意識的にキャラづくりをしているが、
アメブロに書いていた時には天然自然に思いついたことを書いていた。
その場合でも、実は今と似たり寄ったりの印象を人に与えていたと思う。
キャラは自然に「にじみ出ていた」といえる。
逆に言えば、狙いすましてやったのは“ネーミング”の工夫だけだ。

 

キャラが立つとは

PowerPointのクリップアートで「個性」と検索して表示されたイラストを組み合わせた

 

>2ページに続く↓↓↓

Pocket

ads by google